アナログ人とデジタル人

2012/04/28

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先日、今だにデジタル機器に馴染めないでいる友人と会って、そのことを話題にしていたらいろんなことが見えてきました。
その友人は言うのです。
「日常デジタル機器を何の疑問も感じずに使っている人たちを見ていると、私たちとはどうも世界観が違うような気がする。私たちは現実の即物的なものの奥に更に世界を見ようとしているのに、デジタルに親しんだ人たちはそうした現実の即物的な手触りの中だけで世界を完結させようとしている。世の中はそんな簡単な構造になっていないと思うけどねぇ」と。
その時とは別に、デジタル機器を当たり前の環境として過ごしている友人を見ていると、デジタル機器の利便さを体感していて、その進歩が自分たちの世界を大きくしていることを実感しているようで、それを体現できていないアナログ世代をどこかで不幸だと思っている節があるようなのです。
前者を仮にアナログ人と呼ぶことにして、その人たちからするとデジタル人の世界観はすこぶる限定的なものに映るはずで、逆にデジタル人からはアナログ人は不自由さに屈服しているだけだと見えるのでしょう。
ですからデジタル人たちは、デジタル機器の使い勝手をもっと簡易にして、誰でもが使えるようにすればそうした問題はおのずと解決するはずだと考え、インターフェイスの改良にいそしみます。
逆にアナログ人たちはデジタルの即物的な世界観に不足感を持っていますから、高性能なデジタル機器を前にしても寛容に心を開こうとはしません。
もうひとつ特徴的なのは、アナログ人はいつも相対的にデジタル人を意識していても、しかしデジタル人はアナログ人の存在を自分たちの世界に内包できるものだと考えているからなのか、相対的に意識することをしないようです。
このことも両者の在り方を対等の立場にさせていないことになっています。
さらに厄介なのは、両者のそれぞれの世界は体感でしか理解できないことなのに、なぜか両者とも相手の世界を未体感のまま了解できていると思い込んでいて、お互いを見切っているという奇妙な現状があります。
だからと思って私なりに両者の事情を理解した上で話を向けても、それぞれの立場からかたくなな反論をもらうことはよくあることです。
こうした両者の世界観の違いは私の見る限り決定的な別離の要因を含んでいて、お互いの立場を相容れないものにしています。
ここで問題だと思うのは、こうした価値観の違いがこの社会の中で両者の存在場所を物理的に分離していて、その間には仲立ちになるような有効な場所が今のところないように見えることです。
というか、もっと明確に言えば、この両者の間にはお互いの都合の良い部分だけを寄せ集めた刹那的な中間場所のようなものは、本質的にはないのだということが分かってきました。
たぶん両者を整合できる世界があるとするならば、両者を完全に含むもう一回り大きな世界観が必要となってきて、そうした視点を獲得することでしかこの問題を解決する手だてはないように思われます。
両者を対立する視点で見ている限り、いつまでもこうした問題から脱出することはできないだろうと私は思うのです。
今回の問題に関連した私の過去ログには頑固な拒否者がありますから興味のある方は見て下さい。

最近の私の音楽志向

2012/03/30

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久方ぶりに音楽に付随した話題を。
最近私の好みの音楽が少し変わってきました。
何しろ根が飽き症なのか、どんなものでもなかなかひと所に落ち着いて長続きがする方でもないので、今回の音楽でもまた新しいジャンルに手を染め出したというわけです。
これまであんなによく聴いていたジャズやロック、それにクラッシック系の音楽などが、最近ではさっぱりと身体に響いてこなくなったのです。
その理由として思い当たるのは、たぶん規則的なリズムや、型にはまったメロディなどが、何か強制されているような不自由さを私に与えて、それに対する拒否反応が出て来たということのようです。
音楽にはリズムやメロディは当然のような構成要素じゃないかと思われる方も多いとは思うのですが、実は音楽の中にはそういった志向を持たないものも多くあって、以前からそのような音楽もよく聴いていたせいで、リズムやメロディのない音楽に拒否反応などは全くありませんでした。
そうした下地の上に、このような音楽に対する指向がここに来てより強まってきて、今では四六時中こういった音楽に身を委ねているといった毎日を過ごしているというわけです。
こうしたリズムやメロディを持たない音楽とは、例えば、音のランドスケープ、音の空間構成、あるいは音の彫刻といったようなものを想像していただければよいのでしょうか。
音楽家でいえば、オヴァル、フェネス、池田亮司、カーステン・ニコライ等々。
多くはエレクトロニカに偏っていますが現在はとりあえずこのあたりを中心によく聴いています。
私の場合、新しいジャンルに手を染め始める時は、どのように目指すものにたどり着いたらいいのか全く分っていませんから作業はいつも試行錯誤から始まります。
その辺りの話を少し。
とにかく全く知らない未知の世界に足を踏み入れるわけですから、実際にはどの方向に向かってよいのやら当初は皆目見当もつかないわけです。
そこでまずはその世界を探索するための地域地図を作成しなければなりません。
今回を例にすると、そうした未知の世界でははたしてどのような音楽家がいるのか、あるいはどういった差異で各音楽が存在するのか、さらにそれらがどのような関係性で成り立っているのか、そういった世界図をできるだけ短期間で明らかにしていこうとするわけです。
そのためには時として、鋭い嗅覚のようなものも必要になって来て、そうして発見した重要だと思う音楽家を都市の中のランドマークのようにして、直感をたよりにさらに次の音楽家にたどり着くという作業を繰り返していきます。
こうして少しずつ白紙の地図を自分なりの視点で埋めていくのです。
このようにして出来上がった独自な地図は少しずつ私の音楽世界を的確に表明したものになってきます。
これを手がかりに更に深い世界の構築に踏み込んでいくことで、より的確な自分なりの世界観を手にすることができるようになるというわけです。
こうした方法によって、私はこれまでデザインやアート、文学や映画等の世界にその視野を広げてきました。
もちろんこのような方法論は私の独断と偏見に満ちた無手勝流なものですが、そうした世間から与えられたわけではない独自な方法論であるからこそ、どのような状況でもそれなりに通用するのでしょう。
私たちを取り巻く状況は、いつの時でもこちらが予期したようには展開してはくれません。
いわば未知の世界をいつも相手にしているようなものなのです。
その中で、自身の立ち位置や考え方を明確にしていく作業は至難の技のように見えてきます。
そんな時にいつでも柔軟に適応できるこうした方法論は、私にはなおさら使い勝手がよいことになってくるようなのです。

安易な「親切」と「共感」

2012/02/27

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最近のデザイン制作の現場を見ていると、ユーザーの欲求に応えることと、そのための前提となる社会との「共感」が何の疑いも挟むことができないような制作の必要充分条件のように君臨しています。
ビジネスとしてのマネージメントの立場からすると、多分この考え方は間違ってはいなくて、そのことを前にすれば多くの人がこうしたことに疑問を持つことさえ許されないような状況になっているのでしょう。
そうして出来上がったデザインは、表層的な「親切」や「共感」に溢れているだけなのに、送り手側の作業としては何の過不足のないものに映ります。
そうしたものがはたしてユーザーにはどういうものとして見えているかというと、ビジネス戦略としての逆算された「親切」や「共感」ですから、冷めた目で見るとそういったことは完全に見抜かれていて、そのことを承知でお付き合いをしてくれているユーザーの冷静な姿があるというのが正直な現状なのです。
こうした脆弱な関係性の中では、お互いの中で信頼感に裏付けされた安定感のある関係など望むべくもありません。
よく企業は社会に対してメッセージの発信が大事だといわれます。
しかしこれまで日本の経済を引っ張って来た日本の大手家電の今のデザインなどをみるとそうした片鱗は残念ながら見ることができません。
そうなってくると、ビジネスの場はより安価な価格競争の土俵になって、そのことにも対応できなくなった日本企業のデザインは苦戦を強いられているというのが今の正直な現状なのでしょう。
そうした姿とは反対に、最近亡くなったスティーブ・ジョブズが率いていたアップルなどは、かれの独断と偏見の塊のような企業姿勢が多くの人々の心を捉えたという事実を私たちは冷静に受け止めなくてはなりません。
多くの日本企業が採用することができない、ビジネスの一般論からは禁じ手と映るその手法は、確実にこれからの日本の在り方に一つの可能性を提示しています。
それは責任が個人に及ばない合議制や、決まりきったマニュアル上での発想などからは生み出されてくる余地のない可能性なのです。
考えてみれば、かつてのソニーやホンダはそうした可能性を感じさせてくれた企業であったのです。
スティーブ・ジョブズもソニーのような企業を夢見てアップルを興したといいます。
でも今の現状はソニーも含めて、日本人全体が、何か大きく勘違いをしているのではないかと思わざるを得ません。
私なりに考えてみますと、他人に向かう安易な「共感」が、そのことによって満足するあまり、それ以上を考えなくなって自動機械のように思考停止をしいらされているのではないかという結論のようなものが見えてきます。
ビジネスの場でも、「共感」というキーワードに束縛されて、それ以上の先へ進めなくなってしまっているのではないかと感じています。
個人の独断と偏見は、ともすれば反社会性を内包しますから、社会との「共感」を前提とすると、採用されない方法論として今の日本では映ってしまうのでしょう。
でも現状の計算ずくの「親切」や「共感」はもう見切られているということに多くの日本人は気がつかなくてはなりません。
独断と偏見に溢れた熱い気持ちが多くの人に届く強いメッセージとなって、現状の閉塞状況を打破する、そうした切羽詰まった状況に日本は追い込まれているともいえるのです。
表層的な適度なサービスの店で無難に飲むよりも、口は悪いが頑固な親父が君臨している小さな店で飲む方が、なぜか気分が通るというような、そんな空気が希求されている時代になって来るように思います。

円城塔に芥川賞

2012/01/28

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今回円城塔が芥川賞をとってしまいました。
以前彼の小説をこのブログで話題にしましたが、その時点ではこのような状況は想像することはできませんでした。
ただ今回の選考会でも、古参の選考作家からは反対する声もあったようで、やはり多くの賛同があってすんなりと決まったわけではなかったようです。
彼の作品は今の日本の小説界では異質な作風で、異端のように思われている節がありますが、世界の現代文学からはその距離は思いのほか近いものがあります。
私などは彼の作品の空気感に切実なリアリティを覚えていて、世の中の評価とかなりの距離感を感じてきました。
芥川賞などの文学賞では、その時の文学界や出版社などの意向が大きく反映しますから、本来なら円城塔のような作家はこうした賞には縁のないはずなのですが、そうした状況を突き破ってくるほどのやはり彼の持つ才能がものを言ったのではないかと思います。
それに過去の例を見ると、今では世界的作家になってしまった村上春樹をこれらの賞は見逃して来てしまっています。
今回はそのことに対する反省からか、かなり無理をしたのではないのでしょうか。
私が思うに円城塔という作家は将来、世界という国際舞台でも十分に通用する作家だと思いますから、そのことをどこかで感じた選考委員の作家がいたということなのでしょう。
今年は年の初めから良いニュースでスタートしました。
昨年から日本は変革を迫られる状況に追い込まれています。
それなのに周りを見ても機能不全の政治が蔓延し、景気は低迷を続け、世間の保守的体質は勢いを増している感さえあります。
そうした中で、あの古い体質の小説界が円城塔の作品に芥川賞を与えたのです。
変わっていこうとする日本がとりあえず一瞬でも目に触れるものとなった気がします。
こうしたことがこれからの改革の流れの一助になることを祈ります。
今回の受賞選考で、強く円城塔の受賞を押した選考委員作家に島田雅彦がいたことは象徴的なことです。
何しろこの賞にずっと落選を続けて来た作家が島田雅彦その人なのですから。
内部告発があってやむをえず事態が改善されようとするどこかの機器メーカーと同じようなイメージを感じてしまったのは私だけの勝手な妄想なのでしょうか。
それと今回初めて知ったのですが、札幌出身の彼が現在大阪に住んでいるということ。
同じ関西人として更なる親近感を覚えました。
とにかくめでたいことでした。

年末妄想

2011/12/31

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今年は3・11のあの東北大震災があって、これまでの日本のシステムを瓦解させるとどめのような一撃をもらいました。
今回の災厄は戦後から続いて来た不動の日本の価値観にどこかで麻痺していた私たちに、結果的に嫌が上にも冷や水を浴びせかけるような衝撃的なものになりました。
どこか雰囲気の中を気分だけで漂っているような一部の日本人には良い薬になったのかもしれません。
今回の災害は多くの犠牲者を生んだわけですから、残された私たちは、その結果を未来に繋げる良薬にしなければ申し訳ないない気持ちで一杯になります。
自他ともに今年を再生元年として、これからも意識して2011年を記憶にとどめていきたいと強く思っています。
さて、そうしたこの一年を改まって振り返ってみるに、やはり大きな印象としてはこれまでの日本が培って来た価値観が大きく瓦解した年だったと言えます。
安全神話に裏付けられていたはずの原子力発電が虚言妄想の塊だったことが露呈し、その事後処理に毅然とした対応が取れない機能不全としか言いようのない政治機構が醜態をさらし、その結果、どこの国よりも安全安心を誇っていた社会環境が不安の温床にと変貌しました。
人々は改めてお互いの関係性を再構築しなければならなくなって、今は誰もが「絆」という言葉を絶叫します。
私も被災したあの阪神大震災のときでも、今回のようなヒステリックなほどのお互いの個人としての関係性を意識することはあまりなかったのではないかと記憶しています。
それほどにこの二十年ほどでたぶん日本の状況は大きく変わってしまったのでしょう。
これからは周りの社会システムに信頼がおけないということをみんなが感じるようになって、それぞれが個人として我身を守っていくことを基本にしだすと、自身だけの利益を最優先に考える風潮がより社会を席巻するようになってくるはずです。
その中で個人を超えたより高次の理念で心が動くような事象は身近に見かけることも少なくなって、社会は個人を中心とした保身的な空気がより強くなっていく一方になるでしょう。
そうした空気感は、多くの場合には積極的な方法論よりも無難を選ぶ消去法を優先させるようになって、実際には自由な選択肢が無い閉塞的な現実感を生み出します。
現に今の実状を見ても、例えば高らかに歌い上げた民主党の口当たりの良いマニフェストによって、その結果手に入れた現政権の手腕は現実には無能の極みをさらすことしかできないでいます。
はたまた現状に対してはなす術を持たない前政権にあった自民党は、今では前向きな政策計画を発することもできず、当たり障りのない消去法の思考から脱却できずに低迷を極めています。
そしてそこから発生した現状の社会の不安感は声が大きくてより語気が強いメッセンジャーに誘惑され、その虚言に翻弄されたあげく大きな落胆を経験して、人々はまた個人に閉じこもらずを得ないという悪循環の中で苦悶しています。
このように考えてくると今回当選した橋下大阪市長ははたしてどうなのか。
これからの彼の動向を油断せずに慎重に見守っていかなくてはなりません。
こうした私が想定する最悪のシナリオは結果的に文化の貧困を誘発し、多くの人々は心の豊かさからはほど遠い場所に身を置かざるを得ないという情況が嫌が上でも推測されてきます。
しかし、そのような状況下でもどこかでそういった社会の空気感に同化されず、個人の場所から何かを信じて物事を構築しようとするアーティストの存在は、これからの日本社会でははもっと重要なものとなってくるということに改めて気が付きます。
これからの更なる閉塞的な空気感の中では、そのことをどこかで自覚している者だけがこれからの日本でアーティストとして生き残っていけるということになるのかもしれません。
さて年末で高揚した私の勝手な妄想はこれぐらいにして、今年はその東北大震災がまさに起きたその時期に大阪の国立民俗学博物館で開催された「ウメサオタダオ展」では、その展示空間をデザインさせていただきました。
その中で、知の大巨人といわれる氏の全容を知る機会を得て、その自由闊達な広大な知的空間にその氏の生き方も含めて、これからの日本に示唆を与えるたくさんのものが詰まっているということに改めて確信を持てたということが今年の大きな収穫になりました。
そうしたことを理解した日本科学未来館が、現在その展示を東京で開催しています。
http://www.miraikan.jst.go.jp/sp/umesaotadao/
ぜひ時間を見つけて多くの人に足を運んでいただけたらと思います。
ではみなさん良いお年を。

原発反対は自然な流れでしょ

2011/11/30

genpatsu
以前なら保守的な考え方であったような人たちまでが最近は声を大きくして原発反対を訴えてきます。
まあ、これまでの政府のごり押しともいえる利権がらみの推進行政や電力会社のずるがしこい手口などが次々と露呈してくるのを見ていれば、そうした考え方にたどり着くのも自然の道理かもしれません。
原発問題はそれほどに私たちの生活を脅かすものになりました。
原子力は他のものと大きく違って、自然界に出現した不自然の極みの人工物です。
自然界の循環の中に還元消化されない異物として、人間の生存を脅かす厄介な代物です。
その影響は何十年単位で消滅せずに残存し続けます。
その存在自身が刹那的なものではなく、本質的なものなのです。
それなのに、経済界や政治家の多くは状況的な問題として、刹那的に対処しようとしています。
目先の利益が原子力の負の価値を上回るとでもいうのでしょうか。
これほどにもリスクの高い代物が、経済的にもどうしたらつじつまが合うというのでしょうか。
日本はここまでの大失態をしてしまったわけですから、このままこの状況に甘んじて気落ちしているわけにもいかなくて、この経験を前に向かう材料にでもしなければ、虚しさだけがつのるだけです。
やはりエコロジーなエネルギーを真剣に考えていかなくてはなりません。
この分野で世界の最先端に位置づけたいものです。
世界の2番ではやはりだめなのです。
新しい産業を興して、市場を広げることは日本の閉塞的な経済にとっても急務ですから理にもかなっています。
今なら民意も頑張って付いて来てくれるでしょうし、この機会を逃せば熱が冷めるのが早い日本人ですから今しかありません。
それなのに、今回の「通販生活」の原発問題をテーマにしたCMが意見広告だという理由でマスコミの自主規制に引っかかった問題は、結果、原発維持派に組することになって不公平感が漂います。
今回の事故以前の各電力会社の「原発は安全です」キャンペーン広告はその規制に引っかかってこなかったのはいったいどういうわけなのか。
そこには規制する側の整然とした説得力のある倫理性が全くありません。
それに最近では、原発反対運動を展開している某男性俳優が、そのことによって収入が十分の一に激減したという話を聞くと、この国の社会の中での自主規制というものが、自分たち自身の首を絞めていることに気がつかないでいる無防備さに唖然としてしまいます。

これまでにないということ

2011/10/30

michi
これまでにない新しい表現方法や視点からあえて作品を作ろうとするアーティストが出てくるのはなぜでしょうか?
これまでにない新しいことを求めるということはそこに何があるというのでしょう。
私が想像するに、そこにはきっと「初めてのもの」に出会うという体験が想定されていて、そのことに価値を見出す何かがあるはずで、でないとあえてそういったことを指向する必要性が見当たりません。
フロンティア精神に価値を見出す考え方は、文明を進化させる上で不可欠な要素だとは誰もが分かっているはずだとしても、自身が生きている現場からの実感としては他のもっと切実な何かがあるはずです。
これまで見たこともない「もの」や「こと」とはどれぐらい「新しい」ということを指すのか、人によって様々であろうとは思うのですが、少なくともアート(この範囲には他分野のクリエイターも含まれてくるでしょう)を指向している人間にとっては、人類すらまだ誰もが見たこともないであろうことぐらいの大胆な想定がされていることは可能性としては充分にあり得ます。
例えばこれまで誰も見たこともない「もの」や「こと」などが発生する直接の現場に誰よりも早くに立ち会ってみたいというようなリアルな欲求のようなものが出てくるのは想像ができる話です。
ではなぜそういった欲求が生まれてくるのか。
それは多分、未知の”もの”や”こと”(”もの”や”こと”だけではなく発生する現場も含めて)を実体験として味わうということは、人が生きているという進行形の時間の中で「今」という瞬間を乗り越えさせてくれる具体的な実感として、唯一感受できるものだということが当事者の中で認識されているからなのではないのでしょうか。
そういった実感を味わうということは、人間として本当の「生きている瞬間」を感受できるということにもなって、そのことを確信できているアーティストたちは自然とこの瞬間を希求するようになるというわけです。
しかしその「新しさ」の度合いを厳密にして、さらに指向する目標を高くすればするほど獲得できる可能性は厳しいものとなる現実もあります。
そのことがアートの現場を過剰で困難なものにしているのですが、しかしその分、もし獲得することができれば過分の喜びも用意されていますから、そういったことを分かっている人たちはもうこの場所から離れることはできなくなるのでしょう。
そしてそうした人たちだけが結果的にアーティストとなっていくのだと思います。
もちろんアーティストが出現する要因がすべてここにあるとは断言しませんが、かなり重要なファクターであることだけはたぶん間違いないでしょう。

フルーツアーティストとは何者?

2011/09/27

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数日前、何気なくテレビを見ていたら、フルーツゼリーを作る職人が出ていて、その人の紹介のテロップに「フルーツアーティスト」なる得体の知れない肩書きがついていて大変驚きました。
「フルーツアーティスト」たるや何を職業とする人のことをさすのか(英語的にも意味不明の言葉なのですが)、本人が、あるいはテレビ局が勝手に名付けたのかは分からないとしても、その名称の意味合いも吟味もされないまま公共の電波に載ってしまっていたというわけです。
最近のこうした意味不明な言葉の使用例がそれほど珍しくもない中で、アートやアーティストという言葉は思いのほか大量に消費されていて、いつのまにか本来の意味はどこかへ行ってしまいました。
何より私が嫌なのは、そうしたxxアーティストを自称する者たちの背後に、本来のアートからイメージされる「高尚さ」に対するコンプレックスのようなものを感じてしまうことです。
そこにはアートの威光を借りて自身の姿を大きく見せようとする卑屈な手段が垣間見えてきます。
もしも自分のやっていることに自信があるとするならこうした似非アーティストなどを無理をして名乗らなくてもいいのにと本当に残念に思うわけです。
こうした状況に嫌気がさしたのか、最近になって私の周りの文字通りの美術の作家の中にはカタカナの「アート」という言葉を極力使わないと宣言する者まで出てきました。
彼らは本質から遠くなったカタカナの「アート」ではなく本来の意味がまだ保持されている旧式の「芸術」という日本語をあえて使うような荒技で対応しようとさえしています。
自身が身を置く世界と真剣に向き合おうとすると、言葉ひとつにも拘らざるを得ない心情が伝わってくる話です。
さらによく見ていくと、カタカナのアートやアーティストという言葉が多用される社会背景には違う側面も見て取れます。
今の日本の社会において、アートという言葉は本当に都合が良い言葉になっていて、いわゆる「わけも分からないもの」をとりあえず「アート」という項目に分類しておけばそれで事足りるとする傾向がみられます。
そうすることによって、人々は「わけも分からないもの」をとりあえず整理をして目の前から片付けてしまえるために「アート」という分類項目は非常に使い勝手が良いと思いついてしまったようなのです。
たぶんそうして目の前から「わけの分からないもの」を片付けることができて、きっと単純に安心感が確保できると考えたのでしょう。
しかし、どの分類項目にも属さないわけも分からない存在物は、本来のアートにとっては物事の本質をあぶり出すためには大きな武器となる常套手段のはずなのです。
それが昨今のカタカナの「アート」という便利な項目に押し込められてしまうと、簡単にその存在が了解無視されて、アート本来の力はここで機能停止を強いられてしまうという憂き目をみます。
こうして物事の本質を積極的に見極めようとしない今の日本社会では、その代わりに似非xxアートやらxxアーティスト達がその本来のアートの隙間を埋めるようにいとも簡単に量産されるという情況を生み出すこととなりました。
そうしたことに苦言を呈する勢力もあまり目立たないのもまた今の日本社会の現状であるのもまぎれもない事実のようです。
そんな現状の中ですから、カタカナの「アート」や「アーティスト」の乱用にはどうしても寛容になれないというのが今の私の正直な反応であるようです。

バリから見えてしまったこと

2011/09/01

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一週間ほどの短い期間でしたがバリ島に行ってきました。
ばたばたとした日本での日常に追われた中での訪問でしたが、いろいろなことを考えさせてくれる旅となりました。
今回の旅はバリの観光地を訪ねるというよりも、友人の紹介もあって、バリの人たちの生活を内側から垣間見せてもらえたという貴重な経験の旅だったのです。
とにかくバリの人たちは人間性に富んでいてとても親しみやすくて人に優しいというのが第一印象。
例えば私たちが道を歩いていると、私たちのことを全然知らないはずなのに近所の隣人のように当然のような感覚で話しかけて来てくれますし、日本人のように他人に対して警戒感を持って接してくるという素振りが全くありません。
この寛容さはどこから来るのかと考えて見ていたのだけれど、やはり生活に根付いた宗教観にあるように感じました。
私は山間のマスという木彫工芸の村に滞在していましたが、その村にはいたるところに寺院が点在していて、多くの神々とともに生きている村人達の生活がありました。
そうした個人を超えたもっと大きな世界観が彼らの人生の背景に共通に存在するためか、そこで起きる現実の生活は精神的にも非常に安定感があって、日本から見れば彼らは決して経済的には豊かだとは見えないのに日本より遙かに幸福感に満ち満ちているように感じました。
話を訊けば彼らの周辺で絶望から自殺するような人を見かけたことがないと言うし(自殺などする人の存在はきっと彼らには想像がつかない概念なのでしょう。)、それに多くの人々はバリの生活圏からできうる限り外には出たくないと自信を持ってはっきりと断言します。
私たちの日本の生活を基準にして、その延長にこのような世界が出現するかと考えればほとんど不可能な非現実の世界のように見えてきますが、しかし今回、私は実際にこの目でその夢のような世界を現実のものとしてリアルに見て来たわけです。
ですからバリのような精神的に豊かな生活を私は非現実な夢物語などとして簡単に却下するわけにはいかなくなりました。
私が生きていく上で大きな課題を突き付けられたこととなりました。
かなり大きな課題であるからこそ戸惑いもまた大きいのです。

継続するということ

2011/08/23

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長年アートやデザインに関わってきて、振り返ってみるとその時間の長大さに驚いてしまいますが、反対に実感としてあまりのその時間の短さにも唖然としてしまいます。
その間にも多くの作家仲間やデザイナー仲間達との出会いがあり、生きていく上での貴重な刺激を戴いてきました。
ところが最近、周りを見渡してみると、そうした仲間がいつの間にか姿を消して、その消息すら分からなくなっているということに気がつく機会が増えてきました。
それだけ長い時間が経過してきたということと、同時に継続することの困難さを冷酷に突きつけられているようで、素直にその事実をどこかで認めることができない自分があります。
よく人は”継続は力”だと言いますが、続けようと思って継続することと、意思とは無関係なところで結果として続けてしまっていたということの間にはやはり大きな差があって、同じ継続とはいってもやはり私は前者の方に意識が動きます。
もちろん継続できないのにはいろいろな回避できない外因的な理由があって、物理的にそうせざるを得ない場合などは無念の極みでしょうが、そうではなくて内因的なところでその意志の強度が保持できなくなってしまうこともよくあることです。
そうした継続の意志が弱くなっていく要因には、たぶん継続することによる不利益な事象がリアリティーをもってイメージできるようになってしまって、そのイメージが時とともに増大してしまう結果がそのような事態を呼び込むのでしょう。
これは基本的には誰にも起こり得ることです。
こうした結果から不利益な事象のイメージが基本となって、その上にそのことを乗り越えようとして継続する意志を置いたとしても、負のイメージが基本となってそこからの逆算による継続しようとする意志ですから、やはりその力は鈍くなります。
私の実感のようなものですが、継続する意志が発動している時は不利益な事象などの負のイメージは姿を現す余地はない方が良いようです。
発揮される力がそのままで力強く作動するには、その場がその力で満たされている必要があります。
そのためには負の方向に作用するようなイメージはできるだけ排除されていなくてはなりません。
作動している現場が余裕を持てないほど過剰さに満ちあふれていた方が、負のイメージを考える余地すらも見出し得なくなって好都合になってくれるようです。
そうして過ぎていく時間が蓄積すれば結果として”継続した事態”として残ってくれることになるのでしょう。
継続する力は何も才能や努力のようなものではなくて、そうした力のしつらえ方をどこかで知っている人たちが、そうするしかできない結果として継続という形を出現させます。
継続することでしか味わえない世界があるとしたら、やはり私は味わいたいと思う人間ですから、そうすることができなかった事態を非常に残念に思うだけなのです。
ですから、私の生きていく現場をもう少し過剰にして、そのことで継続という形へ何とか繋げたいと最近は必死で思っているのです。

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